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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2971号 判決 1965年10月30日

原告 柳沢昭一

右訴訟代理人弁護士 中村荘太郎

被告 株式会社日本建設協会

右代表者代表取締役 高橋七郎

右訴訟代理人弁護士 鳥越実士

同 猿谷明

主文

被告は原告に対し、原告から金一、一三六、〇〇〇円の支払いを受けるのと引換えに別紙目録記載(二)の建物を引渡しかつその所有権移転登記手続をなせ。

被告は原告に対し金三三二、七三八円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録記載(二)の建物を引渡しかつ同建物の所有権移転登記手続をなせ。被告は原告に対し金一、四五八、三五〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、原告は昭和三七年二月九日被告から、被告が分譲のため当時建築中の別紙目録記載(一)の建物のうち一一階A号室を代金二八五万円ほかに造作代金五三一、〇〇〇円、被告は同年一〇月末日までに建物を完成して引渡すとの約にて買受ける契約をし、その後右一一階A号室は別紙目録記載(二)の建物(以下本件建物という)に、代金二八五万円は金三一〇万円にそれぞれ変更された。

二、(1) 原告は被告に対し右契約成立の日である昭和三七年二月九日に右代金のうち金一一四万円を、同年一一月二日に金八五五、〇〇〇円を支払った。

(2)(イ) 原告は被告から本件建物の引渡を受けるまでの間、暫定的に西片マンションの居室を賃借することにし、被告にその保証金として金五〇万円を交付していたものであるが、本件建物の売買契約にあたりその完成引渡時に支払うべき残代金のうち金五〇万円は右保証金五〇万円をもって充当することが合意されていた。

(ロ) ところで、前記のとおり本件建物の引渡期限は昭和三七年一〇月末日の約であり、被告は自らの建築工事遅延のため右約束を履行することができなかったものであるが、このような場合には右保証金五〇万円の売買代金への充当は引渡期限の翌日である同年一一月一日になされたものというべきである。

(3) 原告は昭和三八年八月一四日被告に対し本件建物の残代金一、一三六、〇〇〇円(造作代金をも含む)を提供したが被告からその受領を拒絶されたため、これを同年一一月九日弁済供託した。

三、ところで、本件建物の売買契約において、本件建物の面積は四六平方米、附属ベランダの面積は六平方米であることが示されていたにもかかわらず、現実に建築完成された面積は本件建物が三〇・五三平方米(不足面積一五・四七平方米)、ベランダが三・五平方米(不足面積二・五平方米)に減少されていた。そこで、原告は被告に対し右不足面積に相当する代金額一、〇四二、五五〇円の減額を請求した。

四、本件建物の売買契約においては、本件建物の引渡が遅延した場合には、支払ずみの代金額に対し、遅延の日より起算して日歩五銭の割合による損害金を原告は被告に請求することができる旨約束されていた。

そして、被告は自らの建築工事遅延のため昭和三八年九月末日に至るも原告に本件建物を引渡さなかったものであるから、その受領した代金二、四九五、〇〇〇円に対する昭和三七年一〇月末日より昭和三八年九月末日まで日歩五銭の割合による損害金四一五、八〇〇円を原告に支払う義務がある。

五、よって、原告は被告に対し、売買契約にもとづき本件建物の引渡とその所有権移転登記手続を、面積不足による代金減額の請求にもとづき金一、〇四二、五五〇円と本件建物引渡の遅延にもとづく損害金四一五、八〇〇円の支払いを求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「請求原因一、二の(1)および(2)の(イ)の事実は認める。同(2)の(ロ)の事実のうち建築工事遅延のため被告が本件建物を引渡期限内に引渡すことができなかったことは認めるが、保証金五〇万円が売買代金に充当されたのは原告が被告に西片マンションの居室を明渡した昭和三九年二月一七日である。同(3)の事実のうち原告がその主張の日にその主張の金額を弁済供託したことは認めるが、その余は争う。同三の事実のうち原告が代金額一、〇四二、五五〇円の減額を請求したとの点を除き、その余を否認する。本件建物の売買契約においては建物の面積は明示されていない。また、本件建物の面積は当初三九・〇七七五平方米(ベランダ三・八五平方米を含む)であり、その後の設計変更により本件建物の脇に非常階段が設置されることになったためその面積が二・一平方米減少したが、原告は遅くとも昭和三八年七月ごろにはこれらのことを充分承知して何ら異議を述べなかったものである。同四の事実のうち昭和三七年一〇月末日現在被告が原告から受領していた代金は金一一四万円のみである。」と述べた。

証拠 ≪省略≫

理由

一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件第一の争点である本件建物の売買契約が民法第五六五条にいわゆる数量を指示した売買にあたるかどうかについて考えるに、成立に争いがない甲第一号証、証人柳沢深美の証言および原告本人尋問の結果によれば、本件建物の売買契約を結ぶにあたり原告は被告の担当社員竹内東朗からその面積は大体一二坪位でそのほかに四・五尺のベランダがつくと聞いてはいたが、その面積は正確には明示されず、したがってその契約書(甲第一号証)にも面積は記載されていないこと、原告は被告から本件建物の間取りを書き入れた図面(甲第一号証添付図面)の交付を受けていたので(右図面には長さや面積は一切記入されていない)、右図面にもとづき(畳一枚の横を九〇センチメートル、縦を一八〇センチメートルとして)計算したところ本件建物の間口が四米、奥行が一一・五米とでてきたのでその面積は四六平方米あるものと思っていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そして、本件建物の売買代金三一〇万円が本件建物の面積にもとづきそれに単価を乗じて算出されたものであることを認めるに足りる証拠はない。

さて、このように建物を建築のうえ売買するような場合にその面積が当事者間において明示されず、また畳一枚の大きさはその種類(たとえば京間とか田舎間など)により異ることが予想され、さらに壁の厚さも不明であるところから、単に間取りのみを示した図面ではその建物の面積がいかほどあるかを正確には確定することができず(なるほど、右図面からその建物の面積がおおよそいかほどあるかを予想することはできても)、しかも建物の代金がその面積に単価を乗じて算出されたものと認めることができないような場合には、もはや右建物の売買は民法第五六五条にいわゆる数量を指示した場合にはあたらないものといわなければならない。

してみれば、原告の面積の不足による代金減額の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

もっとも、右に述べたように間取りのみを示した図面からその建物の面積がおおよそいかほどあるかを予想することは可能であるから、売主が現実に建築して買主に引渡した建物の面積と右予想(それは通常人の合理的なものでなければならない)とが相当くい違うような場合には、(製作物供給契約は売買の性格のほかに請負の性格をもつものであるから)買主は民法第六三四条により売主に対し瑕疵の修補またはこれに代えあるいはこれとともに損害の賠償を請求することができるものと解するのが相当であるところ(仮に、原告が右損害の賠償を本訴において請求しているものとして判断するに)、畳一枚の大きさを横九〇センチメートル、縦一八〇センチメートルとして甲第一号証の添付図面から計算すれば、本件建物(ベランダを除く)の面積は(周囲の壁の部分を除いて)約三五、六四平方米となり、また契約を結ぶにあたり原告が被告の担当社員から本件建物(ベランダを除く)の面積だとして聞いていた一二坪を換算すれば三八・八八平方米になることが明らかであるから、原告が本件建物(ベランダを除く)の面積だとして計算した四六平方米は何らかの誤算にもとづくものと推認されるのであり、さらに原告本人尋問の結果によれば原告が本訴において本件建物の現実の面積であるとして主張する三〇・五三平方米なるものは本件建物を現実に実測して算出されたものではないことが認められるから、本件建物の面積が現実にどれだけあるかは結局証明不十分というほかはなく、したがって本件建物の瑕疵(面積の不足)にもとづく損害賠償の請求も理由がない。

三、次に本件建物の売買代金の支払いについて判断する。

(1)  原告が被告に対し昭和三七年二月九日右売買代金のうち金一一四万円を、同年一一月二日に金八五五、〇〇〇円を支払ったことおよび原告がその主張のような保証金五〇万円を被告に交付し、右保証金の本件建物の売買代金への充当に関し、原告主張のような合意がなされていたことは当事者間に争いがない。

そこで、右保証金の五〇万円の売買代金の充当の時期について考えるに≪証拠省略≫によれば、本件建物の売買契約書には代金の支払いにつき「残金は建物が完成し登記の時金八五五、〇〇〇円を支払う。但し残金八五五、〇〇〇円のうち五〇万円は西片マンション賃貸保証金を充当する。」旨記載されていることが認められ、また≪証拠省略≫によれば保証金五〇万円は文字どおり原告が被告から賃借している西片マンションの居室の保証金として場合により被告がそのなかから償却費として金一〇万円を取得することもありうることが認められこれらに反する証拠はない。してみれば、右保証金五〇万円は原告の被告に対する残代金支払義務の履行期が到来した時に売買代金に充当されるものと解するのが相当であるから、本件建物が完成した昭和三八年一〇月ごろ(このことは原告本人尋問の結果により認められる)に右充当がなされたものである。

(2)  原告が昭和三八年一一月九日本件建物の残代金(造作代金をも含めて)一、一三六、〇〇〇円を弁済供託したことは当事者間に争いがない。

そこで、原告が右供託の前に右残代金一、一三六、〇〇〇円を被告に提供したかどうかについて考えるに、成立に争いがない甲第五号証に原告本人尋問の結果を合わせ考えれば、原告は右供託前被告に対し本件建物の面積の減少による代金減額分金八五三、七七七円と既払代金に対する損害金四一五、八〇〇円を残代金から控除することを要求して譲らず(したがって、原告の要求によれば残代金はすべてなくなり、反対に被告から原告に対し金一三三、五七七円を支払わなければならない勘定となる)、被告がこれに応じなかったため、原告は右代金減額分と損害金とを反対給付として掲げたうえ残代金一、一三六、〇〇〇円を供託したものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

してみれば、原告は右供託前に残代金一、一三六、〇〇〇円を債務の本旨にしたがって被告に提供したものとは認められないから、右供託は弁済の効果を生じないものといわなければならない。

四、次に損害金の請求について考えるに、被告は原告主張の損害金に関する約束がなされたことおよび被告の建築工事遅延のため昭和三八年九月末日に至るも原告に対する本件建物の引渡がなされなかったことを明らかに争わないから、これらを自白したものとみなす。

してみれば、被告は原告に対しその受領した代金のうち金一一四万円については昭和三七年一一月一日より昭和三八年九月末日まで、金八五五、〇〇〇円については昭和三七年一月二日より昭和三八年九月末日までいずれも日歩五銭の割合による損害金合計金三三二、七三八円(円以下四捨五入)を支払う義務がある。

五、以上のとおりであるから、原告の本訴請求のうち本件建物の引渡しとその所有権移転登記を求める部分は、残代金一、一三六、〇〇〇円の支払いと引換えにこれらを認容することにし(被告は本訴において原告のなした残代金供託の効果を争い本件建物の引渡しとその所有権移転登記の請求の棄却を求めているものであるから、いわゆる同時履行の抗弁権を行使した場合と同視して差し支えない。)、損害金の支払を求める部分は前項に述べた限度においてこれを認容してその余を棄却し、代金減額分の返還を求める部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川豊長)

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